色名・別名・系統
| 色名(かな) | 茶色(ちゃいろ) |
| 別名 | 茶染(ちゃぞめ) |
| 系統 | 茶色系統 |
茶色の色情報・カラーコード
| Webカラー(HTML) | #7B3708 |
| RGB | R:123 G:55 B:8 |
| CMYK | C:0% M:68% Y:90% K:60% |
茶色について
茶色は最初は茶染の色だった
茶色とは、暗い橙色のことです。
元は茶の葉や茎を煮出した汁で染める茶染の色のことでしたが、現在では赤色から黄色にかけての暖色に黒を足したような広い範囲の色を指します。
茶は平安時代に中国から伝えられ、室町時代までは、茶を点てることは貴族や大名など支配層に楽しまれたものでしたが、江戸時代になると煎茶が庶民の間に普及し、茶を飲む習慣が広まり、日本人に定着しました。
茶染も古くから行われていましたが、室町時代を中心に公家などが好んだ高級な染物とされ、一般的ではありませんでした。
承応3年(1654)に、中国から渡来した隠元禅師が、窯炒りした茶葉に熱湯をかけて少し待つだけで簡単にお茶が飲める淹茶法(えんちゃほう)を伝えたことにより、煎茶が急速に広まりました。
そのため広く茶というものが認識され、茶染による色は茶色と呼ばれるようになります。
茶色が一般に広まったのは江戸時代から
茶色は茶とともに愛好されるようになり、江戸中期には「四十八茶百鼠」と呼ばれるほど、多彩な茶色が染められるようになります。
「四十八茶」とは四十八種類の茶色があったという意味ではなく、単に数が多いことを示すためにつけられています。
江戸時代の茶色は茶葉を使った訳では無く、楊梅(やまもも)、梅皮、五倍子、橡などタンニンを多く含む染料を使い、蘇芳などを足して色を作っていました。
茶色の流行のきっかけの一つに幕府による奢侈禁止令があり、庶民は藍色、茶色、鼠色の衣服だけを着ることを強制させられました。
ですが、江戸の庶民たちは禁令を曲解する形で、柳茶のような緑系の色や、金茶のような黄系の色まで茶色と言い張って自由に色を染めました。
茶色は古くから身分の低い人たちの色でしたが、江戸時代には庶民の心意気を示す「いき」な色として愛されました。
江戸中期には茶色でないお茶が生まれます
江戸時代の茶葉の色は、最初は文字通り茶色でしたが、江戸中期(1738)に宇治の農家、永谷宗円が「青製煎茶」の製法を開発したことにより、緑色の緑茶が誕生します。
緑茶は一大消費地である江戸に送られ、庶民の間で広く飲まれるようになると、お茶は身近な嗜好品となっていきます。
緑茶にちなんだ色に煎茶色があります。
もしかすると、この頃からお茶の色といえば茶色というイメージは消えていったのかもしれません。
