色名・別名・系統
| 色名(かな) | 赤色(あかいろ) |
| 別名 | 特になし |
| 系統 | 赤色系統 |
赤色の色情報・カラーコード
| Webカラー(HTML) | #E22E35 |
| RGB | R:226 G:46 B:53 |
| CMYK | C:0% M:95% Y:83% K:5% |
赤色について
赤色は日本最古の色の一つ
赤色とは、日本における最も古い色の一つで、純粋な赤色のことです。
現在では、橙がかった赤色やピンクがかった赤色、淡い赤色や黒みを帯びた赤色まで、幅広い色域を含んでいます。
ですが古代日本では、赤色だけでなく、橙色や黄色までをまとめて「あか」とよんでおり、今よりずっと多くの色を含んだ色名でした。
赤は「黒」「白」「青」と共に古事記に記された日本最古の色で、これらは全て太陽の出没に関係した色です。
これらを「明、暗、顕、漠」という言葉で表し、明はあか、暗はくろ、顕はしろ、漠はあおに対応する言葉であるとしました。
「明」は「暗」と対になる言葉であるため、赤は黒と対比する色として生まれました。
夜明けとともに空が赤くなることを「明し(あかし)」または「明け(あけ)」を意味する「明(めい)」といい、これを「あか」と呼ぶようになり、赤色が生まれました。
古代日本では赤色は特別な色だった
多くの民族において、赤色から色彩文化が生まれたと考えられており、火の色であり血の色である赤は特別な色でした。それは日本でも同じで、日本に関する最古の資料である中国の魏志倭人伝には、「倭人は中国人が白粉で化粧をするように、朱を身体に塗っている」とあります。
弥生時代の日本人にとって朱つまり赤色は特別な色であると思われます。
赤は魔除けの色でもあったので、身体に塗ることで災いから身を守る効果も期待していたのでしょう。
古代日本で一番多かったのが赤系の色で、赤土を意味する丹色や赭、現在でも神社などに使われる朱色や辰砂、それ以外に鉛丹や弁柄など、色彩の歴史は赤から始まったといっても過言ではありません。
仏教の伝来と共に、日本人は寺院建築を知ることになり、これらの顔料が極彩色の堂塔伽藍を彩ることになります。
また茜色や緋色に紅色など染料で染めた色が生まれ、服飾文化にも赤が登場します。
正倉院には、南方由来でマメ科の染料である蘇芳色や貝殻虫の染料である臙脂色を使った宝物も残されており、多彩な赤色が存在しています。
赤色は高位の色でもあった
赤は位階制度にも使われ、諸臣四十八階以降は、紫に次ぐ高位の色となりました。制度上は赤色ではなく緋色と定められ、後に深緋、浅緋の二色に分かれます。
平安時代の赤と言えば紅花を使った色であり、紫色と共に高位の色であり禁色とされました。
平安以降には有耶無耶になってしまう位階制度ですが、この時代にはまだ厳格に規制され、紅花、茜、蘇芳を使った赤色が貴族階級による平安の色彩文化を彩りました。
平安時代には紅花を使って濃淡さまざまな色が生み出されました。 濃い紅色、赤色は高位の者にしか使用が許されず、またとても高価なため、紫色と並んで庶民には手が出ない高値の花のような色でした。 戦国時代末期の桃山時代は赤は貴族ではなく戦国大名たちが己の力を誇示するために使われるようになりました。 南蛮貿易が始まり猩猩緋のような西洋の赤がもたらされ、派手好みの秀吉は金色と赤色のみで構成された黄金の茶室を生み出し、赤色は天下人の実力を知らしめるために使われました。 江戸時代になると、武将たちだけではなく豊かになった商人たちが赤色を身に着けるようになりましたが、この時代でも紅花は高価であったので、庶民たちは蘇芳などで似紅と呼ばれる赤色を身に着けお洒落を楽しみました。
