御所染(ごしょぞめ)

御所染(ごしょぞめ) 桃色系統

色名・別名・系統

色名(かな) 御所染(ごしょぞめ)
別名 特になし
系統 桃色系統

御所染の色情報・カラーコード

Webカラー(HTML) #E1ABB7
RGB R:225 G:171 B:183
CMYK C:0% M:32% Y:8% K:10%

御所染について

御所染は女院御所の女官から流行した色

御所染ごしょぞめとは、少しくすんだピンク色のことです。
江戸時代の寛文期(1624~1644)に、女院御所の女官から流行した色のため御所という名が付きました。

女院御所とは、当時の天皇である御水尾天皇の妻、東福門院和子・徳川和子の住居であり、東福門院和子その人を指す言葉でもありました。
彼女は大変な着道楽で、贔屓の京都の呉服商・雁金屋におびただしい数の着物を注文し、それらを配下の女官に下賜(かし)することが多くありました。
東福門院和子好みの色や模様が女官たちから京の市井に広まり、最終的に地方にも広まることになりました。

当時のファッション誌ともいえる雛形本の一つ「諸国御ひいなかた」には、「御所方呉服染様の事」という項目が儲けられ、東福門院和子の服装や好みについての情報発信が行われました。
東福門院和子は初めて宮中に小袖を着用する習慣を持ち込んだ人物であり、彼女の注文した小袖のデザインは「寛文小袖」と言われるようになりました。

東福門院和子は、徳川家康の孫で、二代将軍徳川秀忠の娘、浅井長政とお市の方の3女、お江与の方を母に持ち、家康により徳川家を天皇の外戚とするために宮中に送り込まれました。
天皇家と徳川家の間で板挟みとなり、大変な気苦労をした方ですが、文化芸術に造詣が深く、京を中心とした「寛永文化」の中心人物のひとりです。
茶道や香道を好み、手先が非常に器用で特に押絵を得意としました。
東福門院和子が作った押絵を拝領することは一種のステータスだったそうです。