色名・別名・系統
| 色名(かな) | 黄色(きいろ) |
| 別名 | 特になし |
| 系統 | 黄色系統 |
黄色の色情報・カラーコード
| Webカラー(HTML) | #FFDE2E |
| RGB | R:255 G:222 B:46 |
| CMYK | C:0% M:10% Y:90% K:0% |
黄色について
黄色は最初は「あか」に含まれていた
黄色とは、赤みも緑みも含まない純粋な黄色のことで、現在では黄色全般を指す色名です。
橙色に近い卵の黄身のような色から、黄緑に淡く変色したレモンのような色まで幅広い色域を含んでいます。
ですが古代日本では、黄色や橙色のような暖色系の色はまとめて「あか」と呼ばれており、赤色に含まれていました。
黄色が単独で使われるのは、平安時代になってからです。
これは黄と赤が区別できなかった訳では無く、言葉として使い分けていなかったためです。
万葉集では「もみじ」のことを代表的な黄色染料である「黄蘗」が当てられていました。
黄色は中国では皇帝の色
「黄」の字源は火矢とされ、矢の先端に付いた火の色が黄色に見えたためと言われています。 黄色は、古代中国の五行説において木火土金水の中の土を表しており、また森羅万象の中心を表し皇帝の地位を象徴する色でした。
中国で最も高貴な色は黄色であり、皇帝をだけしか着ることのできなかったそうです。
当時の大和朝廷は中国から強い影響を受けており、中国から冠位制度を採り入れ、仏教を導入し中国文化を積極的に取り入れていましたが、なぜか黄色を神聖視することはありませんでした。
日本では黄色は無位無官の色
黄色が日本の歴史に現れるのは、推古天皇11年(603)に制定された冠位十二階の「大信」「小信」という冠位を示す色名としてですが、これは紫・青・赤に次ぐ四番目の位でした。そして黄色は冠位制度から消え、八世紀の日本では黄衣は無位無官の服とされ、十世紀の「延喜式」でも、刈安染の浅黄綾は染色の最後に記載されるという扱いを受けています。
645年に即位した持統天皇は「百姓に黄色、奴には皁(くろ)を着せよ」と詔を出したそうです。
日本の独自性を出すため、あえて中国で最高の色とされる黄色の扱いを軽くしたのかもしれません。
ですが、日本で天皇だけが着ることができる黄櫨染と皇太子だけが着れた黄丹には「黄」の文字が入っているのには矛盾を感じます。
黄色が身近になったのは江戸時代から
日本で黄色が一般的になったのは江戸時代になってからです。戦国時代が終わり、落ち着いた日常生活が始まると、卵色や蒲公英色など身の回りのある黄色が染められるようになります。
江戸時代には黄八丈と呼ばれる黄色、鳶色、黒に染めた糸を縞模様や格子模様に織った絹織物が、「八百屋お七」「白子屋お熊」など浄瑠璃や歌舞伎に採用され、黄色は江戸を彩る人気の色となりました。
日本には黄色染料が身近にあり、「刈安」「黄蘗」「支子」「櫨」などがあります。 黄色染料は緑系の色を染めるためにも必要であり、江戸時代に染色指南書には「刈安」と「黄蘗」が下染めに使われたという記述が多く見られます。
