色名・別名・系統
| 色名(かな) | 緋色(ひいろ) |
| 別名 | 火色(ひいろ)、緋(あけ)、真緋(あけ) |
| 系統 | 赤色系統 |
緋色の色情報・カラーコード
| Webカラー(HTML) | #D82D25 |
| RGB | R:216 G:45 B:37 |
| CMYK | C:0% M:95% Y:95% K:10% |
緋色について
緋色は火や日を表す鮮やかな赤色
緋色とは、鮮やかな赤色のことです。
火色(ひいろ)、緋(あけ)、真緋(あけ)ともいいます。
「緋」は火や日を表し、「あけ」は「あか」と同じ意味の言葉です。
茜染による最も鮮やかな赤色で、奈良時代にはすでに使われた古い色名です。
孝徳天皇が大化3年(647)に制定した、冠位十三階では四番目に真緋が見られ、以降の衣服令でも四位、五位に深浅の緋色が定められ、それより下の官位の者は着ることを禁止されるようになります。
奈良時代中期の天平の頃には、緋色は僧侶の袈裟の色にも使われ、紫に次ぐ高位の色とされていました。
平安時代の初めに制定された「延喜式」では、深緋と浅緋という二つの緋色が載っており、深緋は茜で染めた上から紫をかける黒っぽい赤色で、浅緋は茜だけで染めた色は純粋な緋色です。
平安時代になるとより鮮やかに
平安中期には火色とも言われたそうです。この頃から緋色の染色方法が変わり、茜の代わりに支子(くちなし)と蘇芳(すおう)を重ねたり、黄檗(きはだ)に鬱金(うこん)と紅花を重ねたりして、より鮮やかな赤色を染めるようになります。
支子(くちなし、黄色)の下染めに紅花を染め重ねた緋色は紅緋と名付けられました。
平安中期から、主に宮中における女性の下衣として袴を着用するようになったのですが、若年層は濃色(こきいろ、濃い紫)ですが、基本は緋色だったため、この袴を緋袴と呼ぶようになり、現在でも巫女装束として使われています。
鮮やかな緋色は武士の直垂や鎧に使われることも多く、大将格の武士などが好んで身に着けました。
鎌倉時代の歴史書「吾妻鏡」では、源義経が赤地錦の直垂をきていたとあり、「太平記」では後醍醐天皇の御子・大塔宮が、赤地錦の鎧直垂を着ている描写があります。
江戸時代には京都で染めた緋色が上質とされ、特別に京緋色と呼ばれました。
緋色は誰かを思う色でもあります
緋色は「思ひの色」ともいわれ、これは人を思う「思ひ」の「ひ」から緋色が連想されるためです。「古今和歌集」(巻十九)の「みみなしの山のくちなしえてし哉 おもひのいろのしたぞめにせん」という歌からは「思ひ」から緋色が連想されることが分かります。
