色名・別名・系統
| 色名(かな) | 猩猩緋(しょうじょうひ) |
| 別名 | 猩々緋(しょうじょうひ) |
| 系統 | 赤色系統 |
猩猩緋の色情報・カラーコード
| Webカラー(HTML) | #E34A4F |
| RGB | R:227 G:74 B:79 |
| CMYK | C:0% M:85% Y:64% K:5% |
猩猩緋について
猩猩緋は伝説上の怪獣の血で染めたという由来の色
猩猩緋とは、黄みがかった鮮やかな赤色のことです。
色名の由来は、猩猩(しょうじょう)という中国に住むという猿やオランウータンに似た伝説上の怪獣の血で染めた「猩血」から来ています。
能の演目『猩々』の役者の面や装束が鮮やかな赤色や緋色であり、その鮮やかな赤のインパクトと、舶来品への想像が重なり、猩猩緋の色合いを「猩々の血を材料にしているからだ」などと揶揄しされるようになり、この名前で呼ばれるようになったそうです。
猩猩緋の赤は地中海産貝殻虫のケルメスか、当時、新大陸で発見されたばかりのコチニールカイガラムシ、あるいはかエンジ虫(ラックスラック)によって染めたと考えられています。
鮮やかな赤色は戦国武将に愛されました
戦国時代の終わりである16世紀の半ば頃に始まった「南蛮貿易」で、日本にもたらされた商品の中に、鮮やかな赤色に染められた羊毛製の羅紗(らしゃ)という毛織物があり、その赤色が猩猩緋と呼ばれました。戦国武将はこの猩猩緋の陣羽織を愛好したそうで、特に小早川秀秋の「陣羽織 猩々緋羅紗地違鎌模様」が有名です。
織田信長、豊臣秀吉、足利義昭といった有力大名たちは、西洋から献上された猩猩緋の羊毛布地を使ったカッパ(カッパ、カハンともいう)を作らせ、これを愛用した。カッパは上級武士の間に広く使われはじめてゆき、鎖国以後も合羽や雨合羽と言われるようになりました。
井原西鶴の浮世草子には、鎖国の後も長崎のオランダ商館などを通じて、猩猩緋や羅紗などが渡来してきたことが書かれています。
猩猩緋は金色ともに、豊臣秀吉に愛され、有名な「黄金の茶室」にも用いられました。
天正14年(1586年)に、正親町天皇(おおぎまちてんのう に茶を献ずるために作らせた空間は、床の間をはじめ、壁画、柱、天井、障子の腰などに金箔を貼り、台子(だいす)、茶碗など、すべてが金色に染まっており、畳と障子に猩猩緋が使われる、金と赤の空間でした。
