紺色(こんいろ)

紺色(こんいろ) 青色系統

色名・別名・系統

色名(かな) 紺色(こんいろ)
別名 特になし
系統 青色系統

紺色の色情報・カラーコード

Webカラー(HTML) #001C43
RGB R:0 G:28 B:67
CMYK C:100% M:50% Y:0% K:80%

紺色について

紺色は人々に広く愛される色

紺色こんいろとは、少し紫がかった濃い青色のことです。
濃い藍染の色名で、藍染は何度も繰り返すと自然に赤みが出てくるため、紺色こんいろは少し紫みを感じる暗い青になります。
古来より、紫や紅の濃い染色は身分の高い人以外は着ることが禁じられ、後世でも奢侈禁止令などで着ることが罪となりましたが、藍染だけは濃く染めても禁止されることはなく、庶民でも紺色のような濃い藍色を着ることが出来ました。
これは虫除け蝮避けの効能が一般に信じられてきたためとされます。
紺色は現在でもジーンズなどの普段着から、スーツのような正装まで幅広く使われる色です。
一般的には黒に近い暗い濃い青色を紺色こんいろとよびます。

紺色は古くからある歴史ある色

「紺」という色名は中国から伝わりましたが、古代中国の「紺」は三度赤い染汁に浸けた「纁」(くん)と呼ばれる真赤に染めたものを黒い染汁に一度浸けた「えびちゃ」色だったらしく、日本の紺色とは全然違います。
日本で初めて紺色こんいろという色名が登場したのは、飛鳥時代、孝徳天皇によって冠位の色名が制定された時で、紺色は「深縹ふかきはなだ」という色名でした。
大化3年(647)に制定された七色十三階の制では、「服(きぬ)の色は並に紺を用ゐる」とあり、この「紺」を「ふかきはなだ」と呼ばせています。
平安時代の格式を定めた「延喜式」でも「紺」ではなく「深縹ふかきはなだ」となっています。

平安中期頃より「紺」という呼称が用いられるようになります。
中世になると「太平記」では「花田色はなだいろ」や「紺」の色と記され、当時の軍記物には紺地錦の直垂がよく出てくるようになります。
武士が主役のこの時代、質実剛健を貴んだ彼らが好んだ色の一つが紺色こんいろ褐色かちいろといった、濃い藍染でした。
特に黒みを感じさせる褐色かちいろは「戦に勝つ」ための色として武具や鎧の革に使われました。

紺色が広まったのは江戸時代から

室町時代には、初めて職人という階層が成立するのですが、藍染職人は「紺搔(こうがき)」という名で呼ばれます。
江戸時代になると、全国で綿花が栽培されるようになり、木綿と相性のいい藍染が広まる共に、紺屋が地方の町や村にまでできるほど藍染が行われるようになります。
紺屋のほかにも、色別に紅屋、茶屋などと呼ばれる染屋は存在しましたが、紺屋は染色業の代名詞になるほど繁盛していきます。
ちなみに藍染を行うのが紺屋で、藍染の材料である「すくも」を作るのが藍屋です。
紺色は手間がかかり経費もかさむため、職人泣かせの色とされました。
限界まで染めきった紺色こんいろを「上紺」、あるいは、「留紺とまりこん」といい、黒みのあるものを「鉄紺てつこん」、紫みの強めのものを「茄子紺なすこん」といいます。 江戸時代には、職人や商人の仕事着として紺地の法被を着せることが流行しました。
背中に商店の屋号や商売を表す紋を入れたため、紺看板といわれ、宣伝にも使われたようです。
また、祭りの半纏なども紺地が使われることが多く、紺色は江戸時代に最も愛された色の一つでした。