色名・別名・系統
| 色名(かな) | 憲法色(けんぽういろ) |
| 別名 | 憲法黒(けんぽうぐろ)、憲法茶(けんぽうちゃ)、憲法色(けんぽういろ)、憲法染(けんぽうぞめ)、吉岡染(よしおかぞめ)、兼房(けんぽう) |
| 系統 | 茶色系統 |
憲法色の色情報・カラーコード
| Webカラー(HTML) | #3E1E00 |
| RGB | R:62 G:30 B:0 |
| CMYK | C:0% M:45% Y:90% K:90% |
憲法色について
憲法色は江戸時代の代表的な黒染めの色
憲法色とは、黒に近い濃い茶色のことです。
京都の染匠・吉岡憲法によって生まれた江戸時代を代表する黒染めの色です。
憲法黒(けんぽうぐろ)、憲法茶(けんぽうちゃ)、憲法色(けんぽういろ)、憲法染(けんぽうぞめ)、吉岡染(よしおかぞめ)、兼房(けんぽう)、など多くの別名を持っています。
江戸初期は戦国時代が終わって間もなく、室町の武を尊ぶ気質が色濃く残っていたこともあり、尚武を感じさせる威厳のある色が好まれました。
最初は、檳榔子を鉄媒染して染めていましたが、檳榔子は高価なため、後に楊梅を使った染色法に変わったそうです。
また媒染に使う鉄(カネ)は不要になった刀だったため、武士には、憲法色の羽織は敵に切られても手傷を負わないと信じられたそうです。
憲法色は元剣術家が生み出した
吉岡憲法(憲房)は足利将軍家の剣術指南役を務めていたほどの剣術家で、吉岡流剣術の四代目当主です。
宮本武蔵と立ち合ったとされる吉岡三兄弟は彼の息子たちです。
関ヶ原の戦いまでは豊臣家に仕えており、徳川家が勝利した後に起きた大阪冬の陣では、徳川家康に豊臣方に味方しないよう通告されていたにも関わらず、敗戦側の豊臣家に味方しました。
関ヶ原の戦いの後は剣術を捨て、門人だった明出身の李三官という人物に教わった黒染物で生計を立てたそうです。
憲法色の小袖は良心的な価格のため人気があり、京都の多くの染屋は吉岡家から染色技術を学び暖簾分けされたそうです。
そのため京都の染屋には吉岡という姓が多いそうですが、現代のチェーン店を思い起こさせます。
憲法色は初めて個人名が由来となった色名ですが、その理由も吉岡姓の染屋が多いことに関係ありそうです。
