紫色(むらさきいろ)

紫色(むらさきいろ) 紫色系統

色名・別名・系統

色名(かな) 紫色(むらさきいろ)
別名 特になし
系統 紫色系統

紫色の色情報・カラーコード

Webカラー(HTML) #2E3092
RGB R:46 G:48 B:146
CMYK C:100% M:100% Y:0% K:0%

紫色について

紫色は最高位を示す色

紫色むらさきいろとは、赤色と青色の中間色である純粋な紫色のことで、現在では紫系の色の総称です。
葡萄の実のような赤紫色から桔梗の花のような青紫まで、幅広い色域を含みます。

飛鳥・奈良時代においては紫根(紫草の根)で染めた色で、最高位を示す色でした。
弥生時代には貝紫で染めた紫もありましたが、日本の紫は紫草による染色が主流になります。
紫は、藍の青と、紅や蘇芳の赤で重ねることで染めることもできますが、この紫は紫草で染めた紫より格が落ちるとされ、平安時代は二藍ふたあい、江戸時代は似紫にせむらさきと呼ばれました。
紫根で染めた紫色は本紫ほんむらさき古代紫こだいむらさきとして、明確に区別されました。

推古天皇11年(603)に、聖徳太子による冠位十二階という冠位制度が誕生し、順位は冠の色で示されることになります。
紫は天皇以外では最上位に位置する色となり、その後の衣服令でも臣下の最高位の色は常に紫とされました。
この頃から紫の染色には、草原に自生する紫草の根を染料とし、椿の灰汁を媒染として用いました。
万葉集には「紫は灰さすものぞ 海石榴市(つばいち)の八十(やそ)の衢(ちまた)に逢へる子や誰(た)れ」という歌があり、これには紫染めには椿の灰を加えるという内容が記されています。
紫がが高貴な色とされるのは、紫草が希少であることと、染める際に紫の色素を搾りだすために時間がかかり、それを何回も繰り返すため大変な手間がかかるためです。

平安時代には紫色は色の中の色になった

平安時代になると、ますます紫は特別な色となります。
色の濃淡を表す場合「濃、薄」を色名につけますが、平安時代の「濃色こきいろ」「薄色うすいろ」といえば紫のことで、枕草子にも「すべて紫なるは、何も何もめでたくこそあれ。 花も糸も紙も」とあり、紫は色の王者であったため、わざわざ紫という必要はありませんでした。
色の濃い順に、深紫ふかきむらさき中紫なかのむらさき浅紫あさきむらさきがあり、濃い色ほど高位を示します。

平安時代に紫は「ゆかり(縁)の色」ともされました。
古今和歌集の「紫の一本(ひともと)ゆゑに武蔵野(むさしの)の草はみながらあはれとぞ見る」という歌に由来するそうです。
「紫草が一本あるだけで、武蔵野に生えている草をすべていとおしく思う」という歌ですが、ここでの紫草は恋人を意味し、その女性に縁があるものなら何でも愛おしい、という意味に変換されます。
かつての武蔵野は紫草がシンボルになるほど群生しており、これが江戸の名物とされた江戸紫の原料となりました。
ちなみに紫草の名の由来は、白い花が群れて咲いていた様子を叢咲「むらさき」と呼んだためとされます。

江戸時代になっても紫色は手間で高価な色だったため、紫色は庶民には高嶺の花のような存在でした。
そのため、比較的安価な藍と蘇芳や茜を重ね染めした「似紫にせむらさき」が「本紫ほんむらさき」の代わりに出回り、人々の紫色への欲求を満たしました。
紫系の色の中では藤色が特に人気で、紫根を使わない「似藤にせふじ」ができるほどで、「藤鼠ふじねず」や「藤納戸ふじなんど」など多くのバリエーションも染められました。