柿渋色(かきしぶいろ)

柿渋色(かきしぶいろ) 茶色系統

色名・別名・系統

色名(かな) 柿渋色(かきしぶいろ)
別名 柿色(かきいろ)
系統 茶色系統

柿渋色の色情報・カラーコード

Webカラー(HTML) #A35F39
RGB R:163 G:95 B:57
CMYK C:0% M:53% Y:70% K:40%

柿渋色について

柿渋色は柿渋を使って染める色

柿渋色かきしぶいろとは、柿色かきいろを濃くしたような、少し赤みのある渋い橙色です。
柿渋色かきしぶいろは色名の通り、柿渋を使って染める色ですが、柿渋は熟した柿を使うのではなく、青く熟していない柿を使って作られます。
これは青い柿のほうが、渋さのもとであるカキタンニンが豊富なためです。青い柿をすりつぶした青い汁を、数年かけて発酵させると茶色い柿渋になります。

柿渋には防水・防腐効果があり、傘や雨合羽などに塗ることで水をはじくようにしたり、漁業用の網に塗ったり、家の柱や壁に塗ることで、水をはじき腐りにくくする用途で使われました。
現代でも、天然塗料として再度注目され、住宅用塗料として使われているそうです。
柿渋には利点が多いのですが、臭いがきつく、布に塗ると固くなるという欠点もあり、衣服にはあまり使われることはなかったようです。

山伏の色から庶民の色へ

柿渋色かきしぶいろは中世では山伏の衣裳の色として知られていました。山に深く分け入る山伏が、水や汚れに強い柿渋色かきしぶいろの衣服を着るのは、理に適っていたと思います。
山伏はどこでも自由に通行できたこともあり、落ち武者、密使、忍びの旅人などが山伏姿に身をやつす事が多々あったそうです。「太平記」では大塔宮一行、「義経記」では義経主従が柿渋色かきしぶいろの衣を着た山伏姿で落ち延びていく場面が描かれています。
また、真言宗の山伏の僧衣の色でもあったらしく、江戸後期に行智が著した、修験道入門書には「天台系の本山派は卵色の麻,真言系の当山派は赤色の柿衣,羽黒派は獅子模様を描いた摺衣を使用する」」という記述があります。
山伏以外では、死体などの処理をした犬神人(いぬじにん)の衣裳の色と言われおり、どちらかというと俗世から離れた色という印象でした。

ですが、江戸時代には庶民の間で茶色が人気の色となり、柿色かきいろも様々な種類の色が作られるようになりました。
柿渋色かきしぶいろも人気の色で、柿色かきいろと言えば柿渋色かきしぶいろのことを指すくらいでした。
歌舞伎役者の五代目市川團十郎は、柿渋と弁柄で染めた色「團十郎茶だんじゅうろうちゃ」を好み、五代目市川團十郎の人気も相まって、「團十郎茶だんじゅうろうちゃ」は大変な流行色となりました。

柿渋色は高級料亭や江戸小紋の型紙にも使われた色

柿渋色かきしぶいろは暖簾にも使われており、遊郭の中でもで遊女の太夫がいるような高級料亭にだけ許された色とも言われています。普通の店は、空色そらいろ紺色こんいろが多かったとのことです。遊郭外の一部の呉服店や料亭でも柿渋色かきしぶいろは使われていたそうです。
酒場の制服の色でもあったようで、酒場の奉公人は主人から防水性の高い柿衣を与えられ着ていたそうです。

他には、江戸小紋の型紙は柿渋で染めた和紙であったそうです。型紙にはしなやかさと強度が必要で、和紙に柿渋を塗ることで、温度や湿度に左右されず、水にも強い型紙になります。
江戸時代の型紙は、三重県の伊勢の業者に紀州藩から特権が与えられそうで、「型紙といえば伊勢」くらい有名だったそうです。